編集部レビュー
浅草駅から歩く老舗、浅草おでん大多福で約40種のおでんを味わう夜
編集部が自費で訪問しました 2009年訪問 掲載日 2026年8月31日 文・写真: 推し店編集部
先週、私が足を向けたのは浅草でした。 お目当てはただひとつ、美味しいおでんです。 浅草の路地裏にたたずむ老舗へ 訪ねたのは「大多福(おたふく)」というお店。浅草駅からは500mほど離れており、思っていたよりも歩きごたえがありました。 到着し…
先週、私が足を向けたのは浅草でした。
お目当てはただひとつ、美味しいおでんです。
浅草の路地裏にたたずむ老舗へ
訪ねたのは「大多福(おたふく)」というお店。浅草駅からは500mほど離れており、思っていたよりも歩きごたえがありました。
到着してまず目を奪われたのが外観です。浅草という町をそのまま切り取ったような佇まいでした。
店に足を踏み入れると、どこか懐かしい空気が流れています。しかも店の奥には池まで設けられているのです。レジのまわりひとつ取っても、年季の入った味わいがありました。
どうしてもカウンターに座りたくて、席が空くまで15分ほど待つことに。それでも待ち時間は苦になりません。おダシの香りが店じゅうに満ちていて、鼻だけで先に楽しませてもらいました。
お通しとお刺身で幕開け
案内されたのは入口にいちばん近い一席。腰を下ろすとすぐにお通しが運ばれてきました。
奥に牛蒡の煮物、手前につみれ風の一品。箸置きがお多福の顔になっていて、これがなんともかわいらしいのです。
最初に注文したのはお刺身でした。何種類か並ぶなかからシマアジを選びます。
届いた一皿は鮮度が際立っていて、ブリを思わせるほど脂がしっかりのっていました。
約40種から選ぶ、ダシの染みたおでん
おでんの品書きはおよそ40種類。何を頼むか、なかなか決まりません。値段は1品110円から530円ほどとのことでした。
口火を切ったのは大根、昆布、はんぺんの三点です。いずれも芯のほうまで味が行き渡っていました。
続いて、同席した方いちおしの「ちくわぶ」と、つい目に留まった「えびばくだん」も追加します。
ちくわぶは、崩れる寸前まで煮込まれていて驚きました。えびばくだんのほうは、海老が大ぶりなまま入っています。
きゃべつ巻を口に運ぶと、きゃべつはとろけるほど柔らかく、中のひき肉からは旨みがあふれ出してきました。
「おたのしみ袋」という呼び名にもそそられ、焼き豆腐と合わせて頼みました。袋を開けると、白滝とねぎ、鶏が顔を出しました。ダシをたっぷり吸い込んだお揚げが、とにかく絶品です。
小玉葱は歯を入れた瞬間に汁があふれ出し、驚くほど甘いのです。
驚きが続いた後半戦
車麩はダシを存分に吸い込んでいて、間違いようのないおいしさです。一方のつみれは箸を当てただけでほろりと解けるのに、旨みはきちんと残っていてジューシーで、この一皿には素直に心を動かされました。
たこ足は予想を裏切る歯ざわりでした。タコというより、魚の身のように繊維を感じる食感で、私には新しい発見です。
ねぎまぐろとばい貝も忘れられません。ばい貝は貝らしい旨みと歯ごたえを残しながら、しっかり柔らかく仕上がっていました。
ねぎまぐろのほうは、頼んだ時点では「マグロのつみれにねぎを混ぜたものだろう」と想像していたのですが、実際はマグロの身がそのままネギマ仕立てになっていて、まずそこで目を丸くしました。
そして口に運んで二度目の驚きです。マグロにはどこかぱさついた印象を抱いていたのに、これはしっとりしていて、旨みがひとつも逃げていません。これには本当に驚かされました。
鯨のころも初体験でした。ころというのは、鯨の皮の脂肪を鯨油で揚げた具材だそうで、関西のおでんでは欠かせない存在なのだとか。食感がとにかく不思議で、たとえは良くないのですが、もちもちしたスポンジのようでした。
終盤に選んだ茎わかめは想像よりも大ぶりで、昆布さながらのとろみが出るまで炊かれていました。じゃがいもに至っては形を保ったまま、味だけが芯まで届いています。
締めは玉子にしました。表面はぐっと濃い色に染まり、旨みが凝縮されています。
満ち足りた夜と、その後の浅草
気づけばずいぶんな数を平らげていました。どれをとってもダシが素晴らしく、素材それぞれの柔らかさも絶妙です。終始、心を動かされてばかりでした。
加えて、この店の空気そのものが心地よく、日々のあわただしさを忘れられるほど幸せな気分になれます。もし近所にあったなら、用がなくてもふらりと立ち寄ってしまいそうです。必ずまた足を運びたいお店になりました。
食事のあとは、少しだけ浅草を歩きました。時刻が遅かったので店々はすでに閉まり、人影もまばらです。それでも、こうした迫力はそうそう味わえるものではありません。昼間に訪れるのとはまるで別の場所のようで、圧倒されるばかりでした。食べても見ても心が動いて、実に満ち足りたひとときになりました。